さて、
今日、8月23日は実はオリハシの母、Natsukoさんの誕生日なのだ。
還暦だ。
感慨深いね、って誰だよ。おれは。
考えてみれば、親父や弟君のことはたまに書くけど母親のことはあまり書いてこなかった。
ちょっと今日は還暦記念に書いてみようと思う。
この7年6ヶ月間、母親とその息子の商売奮闘記である。(ちょっと大袈裟か!?)
オリハシが「スタンドアローン」でやってるように思われるかもしれないが、実は母、Natsukoさんだってれっきとした㈱ナクールの社員であり取締役でもあるのだ。(笑)
ちょっとだけ手伝ってるだけに見えるかもしれないが。。。
毎月、給料が支給されるシステムだ。
オリハシが仕入れのために店を留守にする時、大切な先輩や友人、後輩の結婚式に出るとき、どうしても酔いつぶれてオリハシが使い物にならないとき。。。などなど。
Natsukoさんがいなければとうてい無理な話なのである。
オリハシがナクールを継ぐにあたって考えたこと。
それは「一人の母親」と「一人の販売員」との意識の切り替えである。
そのために
1)絶対に感情的にならない。
2)説得するには冷静にかつ論理的に説明する。
3)呼称を決める(オリハシはNatsukoさんと決定した)
4)なんかあれば、とりあえず笑う
この4箇条を自分自身に課した。
(3)はなぜ?と思うかも知れないが理由がある。
家族の場合、うっかり、「あのさ」とか「あれ」とか
「それとって。。。」とか。。。
そういった指示語だけで話してしまうことが頻繁にあるからだ。
よく、「あ、麦茶とって」「ごはんおかわり!」といえば世の母親は
なんでもやってしまう。
それでは、同じ目的を遂行する仕事の仲間ではなく、やっぱり母と息子になってしまうからだ。
だから、オリハシは上記の4つを徹底した。
だんだんNatsukoさんのほうも慣れてきて、
オリハシのことを「オリハシ君」とか「きみはさ。。。」と呼ぶようになってきた。
おかげで、この7年6ヶ月の間、見苦しい親子げんかはただの一度もなかった。
オリハシは考えた。
この7年6ヶ月の間で、取り扱う服がよりスタイリッシュになり、より尖ったブランドになるにつれ、武蔵小杉という街と店に距離感がどうしても生まれる。
でも同じ一つの街で向き合うお客さんや地元の人間、彼らがこちら側、つまりナクールと、同じ街の水準としてのコミュニケーション関係を。。。
そういった接地面をしっかりNatsukoさんは作ってきてくれたのだ。
これと同じような意味の言葉を、先日、小学校時代からの友人イーマンに言われた。
「え?これ、全部おばさんが仕入れてるんですか?」とか
「あ、今日はお兄さん、いないんですかぁ。。。残念」
とか、Natsukoさん自身もしょんぼりする場面も多かったに違いない。
それでもしかし、
現在ナクールレベルの感度の服を
しかものメンズを売りこなす還暦の女性がどこにいるだろうか?
これからの60代、70代、80代・・・・とクールにタフに生ききって欲しい。
Natsukoさん、誕生日おめでとう!
そしていつもありがとうございます。