これもナクールをやり始めた初年度の話。
オリハシ27歳になりたての12月の最終週。
その日は年末の平日、たしか、26or27日だったか?
と記憶している。
昼下がりの午後、一人のおやじが来店する。
年の頃、45~50歳といったところか。。。
(わからない、もう少し若かったかも)
年の割に贅肉もなく、すっきりした体型、そしてメガネ。
着ているもの自体はそんなに「いいもの。」とは見えなかった。
加えて着こなしがいい。というわけでもなく。
言葉は悪いがごくごく普通のおじさんに見えた。
ファーストアプローチまでちょっと時間をおき、
「果たしてこの人、買うのだろうか?」
「買うとすれば、どのあたりだろうか?」
ということに思考をめぐらせていた。
「手に触る」服をくまなくチェックしつつ。。。
どちらから声をかけたかの記憶は、ない。
気が付くと、いろいろと試着しだし、オリハシも一着、一着、丁寧に接客し、「おじさん、意外と服知ってるねぇ~」と内心関心しつつ、そのトークに自然と熱がこもっていった。
何を着せても似合う。
というのがオリハシの印象だった。
選び方も布帛シャツからロンT、カットソーを手始めに、徐々に大物アウターへと移行していった。特にちょっといやらしめな小花シャツが似合っていたのを今でもよく覚えている。レザーものもこれ以上ないくらいサイズがフィットして、本人もいたく気に入ったようだった。
今で言う「ちょい悪仕立て」だな。
「これはもう、決まりだな。」
おじさんはそのショットのレザーをオリハシに手渡しながら満足げにそう言った。
オリハシも約1時間強に渡って渾身の接客。
「いい服、置いてるねぇ~、お兄ちゃんが全部仕入れてるの?」
オリハシの顔がほころぶ瞬間である。
レジ代の上には、次から次へと「お買い上げ決定済み」のアイテム達が重ねられていった。
「よし、今日はこれぐらいで打ち止めかな。
全部でいくら?」
買い上げ金額は10万をちょっと超えていた。
「クレジット使えるよね?」
「はい、使えます。」
おじさんは長財布を開き、クレジットをだす。
そこでしばし考え込む。
「う~ん、クレジットの明細、かみさんに見られちゃうんだよなぁ。。。そーするとちょっとまずいなぁ。。。」
「どうしよう。」
オリハシは「あは、やっぱりきついっすよね~」的に笑みを浮かべながら
その間に、一点一点、丁寧にたたみ袋に入れるオリハシ。
おじさんは意を決したようにこう言った。
「よし、今から銀行行っておろしてくる。
その袋の中のタグ、全部外しといて!」と
オリハシは「では、お待ちしてます。」と
そのおじさんを笑顔で見送った。
オリハシがその袋につめられた服のタグを取り外そうとしたとき。。。
中央のミシン陰にいたNatsukoさんがオリハシに妙な言葉を投げかけてきた。
「そのタグ、取るのちょっと待ったほうがいいよ。」と
「え?何?どうしたの?」
と言いながら、オリハシは少しだけ我に返った。
まさかっ!
「Natsukoさんはこう言いたいのか?
あのおじさんはもう帰って来ないよ。」と。
急に胸の鼓動が高鳴りだしたのを今でも覚えている。
まさかっ、そんな。。。
10分、20分過ぎるのがあれほど早く感じたことはなかった。
1時間、2時間経過。。。
その服達は袋につめられたままフィッティングルーム横のストックルームに置かれたままその日の閉店時間を迎えたのだった。
完全に遊ばれた。
うかつだった。としか言いようがない。
何とも言えないむなしさと悔しさ、恥ずかしさが胸に去来した。
初めから、買う気なんて毛頭になく、
からかう気で来たのだ!
Natsukoさんに「何故、そー思ったか?」聞いたが、
「なんとなく」という答え以外出てこなかった。
それでも結局、その日閉店後その紙袋から出さず、一晩そのままにして
次の日を迎えた。振られたのに未練たらたらな男子だな。いや、振られるどころではなく、鼻にもかけてもらえなかったのだ。
次の日、一点一点、棚に戻し、ハンガーにかけながらその服達に「ごめんな。」となぜか謝った。
こういうおじさんが年末に「がっつり買い」をするのは当時珍しいことではなかったのだ。
だが、徐々にやつのペースに引き込まれて、客観的に思考することを忘れていた。販売にとって、「いつもどこかクールでいる」というのはとても大事なことなのだ。自分にはそれが出来なかった。
「よう、兄ちゃん、世の中、そんなに甘くないぜっ!ははっ。」
あのおやじはそう言いたかったのか。
いや、ただパチンコで負けて、その金額分の憂さ晴らしだったのか。。。
答えは謎だ。ま、馬鹿にしたかった、からかいたかっただけなんだろうが(笑)
オリハシが個人的に、人として決意したことがある。
「世界中がぜんぶ『自分みたいな人間』でも、自分は生きていけるか?」
そういう問いを自らにいつも向けよう!と。
やさくれた根性のおやじはそーいう問いを絶対に自らにむけようとしない。
あんなさみしい歳の取り方は絶対にしないぞ。
そーいう決意だ。
その後、こーいう経験はありません。(笑)