佐藤可士和の超整理術
佐藤 可士和 (著)
今、話題のアートディレクター佐藤可士和の著書。
読みながら、やばい、この本、失敗したか?あまりおもしろくないぞ。。。と悶絶しながらの格闘。
それでも、わたくしの場合、やっぱりタダでは本を閉じないし置かない。
彼が数年前からアートディレクションしたオリハシの母校、明治学院大学のように、見方を変えれば一見マイナス要素もプラス要素も同じ事だったりするわけです。(詳しくは本書を参照してくださいね。)
2点ほどお話してみようと思います。
まず印象に強く残ったのはやはり「ドコモ」の仕事。
ドコモの依頼は
「ナンバーポータビリティ開始を控えて、他者の追い上げが激しくなっている。離れ気味になっている若いユーザーを惹きつける魅力的な携帯のデザインを、内部のソフト面も含めてお願いできないか。さらに、それを社会にアピールする広告やコミュニケーション戦略も是非お願いしたい。」
というもの。
そう言われた佐藤可士和氏は、瞬間的に「こういう佇まいのものを作りたい」というイメージが浮かんだ。という。
佇まい、つまり持ったときの印象や気持ちを含めた全体像がふっと思い描けた。というのだ。
彼はそれを「答えをパサッと網ですくったような感覚でした。」と言っている。この章に関してはめちゃめちゃ感覚的な話。
つまりプロダクト完成後にコンセプトの言語化を模索したわけだ。
記者発表の為に。
わかる(気がする)。理屈じゃなくて、「あっこれっ!」みたいな感覚。
いや、オリハシごときに理解できっこないかも?だが、身体的にそう思う。
もちろん彼の仕事はクライアントとの問診を繰り返す中でしか見えてこない問題点や状況を把握し、視点を導入して情報を整理し、課題を設定する。(これがこの著作の超整理術の一部。)
「相手のなかに必ず答えはある」というアプローチなのだ。
しかしながら、このドコモのケースに限っては、彼の仕事のアプローチとしては真逆の感覚のように聞こえる。
徹底的に自己の無意識と向き合い、自分自身に仮説をぶつけて無意識を意識化したのがドコモも仕事だったわけだ。
「自分のなかにも必ず答えはある」というアプローチ。
この矛盾するような両軸が彼の真骨頂なのではないだろうか?
「論理と感性の交差点」みたいなところが。
もう一点、
ユニクロについて。。。
著者、佐藤可士和氏がファーストリテーリングの社長である柳井さんとの問診のプロセスで一番、印象に残った言葉。
「服は服装の部品」。これはつまり、「ユニクロはいわゆる”ファッションカンパニー”というより、どちらかといえばネジや釘などを売っている東急ハンズのような”パーツ・カンパニー”という感覚なんです。」
ということ。
実はこれは柳井社長がもうずっと前から言ってること。
初めてこの柳井さんの言葉を読んだときは「おおっ、凄い人だな!」と素直に思いました。これはかなわん。と。オリハシもこの言葉がユニクロの強さだと思っています。過去の日記でたくさん書いてます。
実は10年以上前の就活の時に、ファーストリテーリングも受けたんですよ、わたくし。だって儲かりそうな小売業だなって思ったから。(まだフリースのブレイクの4,5年前でしたね。)
「なんか違うな。」と思って途中でやめた。
今だから言えるけどファッション屋っぽくなかったんだよね。
でも、それこそ強さなんだよね。
ええ、もちろんオリハシが考えるお店や服の考え方は全然違いますけど。
そんなこと言ってるから儲からないんだぞ。って誰かに言われてしまいそうですが。
水面の上では「ぼちぼちだねぇ~」とした顔しながら、水面下では猛烈に足を動かしてるくらいがちょうどいいんです。わたくしの場合。
P.S.
Naokiくん、見てます?この本お貸ししますよ。
代理店やFR社受けてみるならこれくらい2時間で読んでおくように。(笑)自分の無意識を意識化してみてください。