村上春樹の音楽エッセイ。
「意味がなければスイングはない」
ここに出てくる11人のアーティストにまつわるエッセイ。
聞いたことがあるのは「ブルース・スプリングスティーン」と「スガシカオ」だけだ。(笑)
ブルース・スプリングスティーンをよく聞いたのは中学生のころ。ほうきをギターに見立てて「ボーンインザUSA!!~♪」ってシャウトしてた同級生が懐かしい。。。名前は失念。その姿が印象的だった。(笑)
スガシカオは2001年ごろだったかな。ライブで。代々木体育館で何人かのアーティスト達の一番最後、トリをつとめのがスガシカオだった。
「緑のTシャツが似合うな」っていう印象。
でも、なんだろう。
知ってるアーティスト2人だけ。それでもおもしろく読めてしまうのが不思議。
読んでるうちにシューベルトの「ピアノソナタ」とか聞いてみようかな。。。とか、やっぱJAZZも聞かないとな。。。と。
そんな気にさせてくれる。
っていうのは一つのやはり技術なんだろうな。
オリハシも実はこの効果を念頭にいれて日々の更新にいそしんでいるわけですよ。
「意味がなければスイングはない」というタイトルはもちろん、デューク・エリントンの名曲「スイングがなければ意味はない」(It Don’t Mean a Thing,If It Ain’t Got That Swing)のもじりである。しかしただの言葉遊びでこのタイトルをつけたわけではない。「スイングがなければ意味はない」というフレーズはジャズの神髄を表す名文句として巷間に流布しているわけだが、それとは逆の方面から、つまりいったいどうしてそこに「スイング」というものが生まれてくるのだろう、そこにはなんらかの成立事情なり成立条件なりがあるのだろうか、という観点から、僕はこれらの文章を書いてみようと試みた。この場合の「スイング」とは、どんな音楽にも通じるグルーヴ、あるいはうねりのようなものと考えていただいていい。それはクラシック音楽にもあるし、ジャズにもあるし、ロック音楽にもあるし、ブルースにもある。優れた本物の音楽を、優れた本物の音楽として成り立たせているそのような「何か」=something elseのことである。僕としてはその「何か」を、僕なりの言葉を使って、能力の許す限り追いつめてみたかったのだ。(あとがきより)
服に託された「スイング」を伝えたい。
ただただそれだけのためにもう6年もブログを続けてるわけです。
ちなみにスガシカオさん着用のサングラス。
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