昨日とうってかわって今日は文句の付けようがない快晴。
22℃って。
明日はどうなんでしょうかね。
ついに16日の金曜日には村上春樹の「1Q84」book3が発売されますね。
去年のように爆発するのでしょうか?
今度はそうでもないような予感がしますけど。
本屋さんは意気込んでいるんでしょうね→こちら。
24時間営業のところは午前0時から販売したりするみたいです。
きっと作者はこういうでしょう。
やれやれ。
と。
というわけで、村上春樹ワールドに慣れておくために短編集を読んでます。
「めくらやなぎと眠る女」
長編もいいですけど、短編もいいんですよ、村上春樹って。
この「めくらやなぎ~」は海外で出版されたものの逆輸入バージョンです。
24編の短編が収められています。
まぁ、とにかく不思議な話が多いんですけど、それが納得いかない人には向かないです。
この中で、東京奇譚集にも入ってる「偶然の旅人」は名作だと思います。
もちろん、わたしにとっては、と言う意味で。
短編集でいえば、「神の子どもたちはみな踊る」の「かえるくん、東京を救う」と「蜂蜜パイ」もいいなって思いますけど。
「偶然の旅人」は別の意味でいいなって感じますね。
あまり書くとネタバレですけど。。。いきなり村上春樹自身のジャズに関するサプライズなエピソードから入ります。
ノンフィクションに限りなく近いから妙に考えさせられるっていうか。
そういう意味では村上春樹らしくない作品って言えばいいんでしょうか?
もしかしたらそういうことってあるかも?
と思うとぞぞぞっときます。
まさにジャンルという言葉が意味をなさない作品です。
ちなみに、この短編集には。
「蛍」。「人食い猫」も収録されていて、それぞれ「ノルウェイの森」、「スプートニクの恋人」の一部に組み込まれています。
なるほど、この箇所から長編へなっていったんだ。と、妙な想像を掻き立てるのが村上春樹の短編の読み方としても面白いです。
一角獣が出てくると「世界の終わり~」を連想したり。。。
一ファンの読者としての勝手な妄想が肥大していきますね。
イントロダクションにおける長編と短編の定義。
できるだけ簡単に定義してしまうなら、長編小説を書くことは「挑戦」であり、短編小説を書くことは「喜び」である。長編小説が植林であるとすれば、短編小説は造園である。それらつの作業は、お互いを補完し合うようなかっこうで、僕にとっての一つの重要な、総合的な風景を作り上げている。緑なす林が心地よい影を大地に落とし、風にそよがせる。あるいは鮮やかな黄金色に染まる。そしてその一方で、花が確かな蕾をつけ、色とりどりの花弁を開き、虫たちを呼び寄せ、季節の細やかな移ろいを知らせてくれる。(12頁より)
なんかわかるなって思います。
ファッションみたいです。