オリハシです。
ほぼ日の【おとなの小論文教室。感じる・考える・伝わる!】がけっこう好きで定期的に読んでるんだけどね。
たとえば、
「破壊はホントに創造につながるか?」についての読者の声に思わず「そうだ!」と同意しちゃうんだよなー
今日、2月11日は先代の命日でもあるので、自分を戒めるためにもこの読者の声を転載しておくよ。
<破壊よりスゴイ>
元寿司職人のマスターが営む海鮮居酒屋で
アルバイトを続けています。
そこで思うのは、「現状維持とは不変ではなく、創造の連続そのものなのだ」
ということです。
お店は、
仕込から調理までそのほとんどを、
還暦を過ぎたマスターが一人で行っています。
「どこに力をいれてどこで力を抜くのか」
長年思考錯誤の連続だったといいます。「お客さまに満足していただくために、
自分にはなにができるのか」「お店を成り立たせるためにはどうすればいいのか」
日々考え、工夫を凝らし、
季節や年月の変化にあわせて、
お店もマスターも変化し続けているからこそ、
お客さまにとって、「いつ来ても変わらない、安心するお店」
であり続けているのだと、
働きながら強く実感しています。日々のコツコツとした積み重ねって、
破壊なんて大それたものなんかより、
実はとてもクリエイティブな行為なのかもしれません。
日々少しずつ調整するように自分の身体感覚で変わっていく。
オリハシは職人のその所作がいいなーって思う。
洋服屋を運営する職人がいてもいいよな。わかりやすい言葉には絶対にしないぜ。体系化もしない。
それは自分の身体感覚だけが知る技にしたい。
そのためには常に身体感度を高めていかないとね。
このエッセイでも言ってるけど、誰か1人が破壊的な言動をしたとき、「そうだ! そうだ! ぶっ壊せ!」って支持する人が、予想以上に多くいるよね。
それはよくよく考えれば「安直」すぎないか?!と。
もっと言ったら「疲れ」なんじゃないか?と。
これも分かるなーって。リセットしたくなる気持ちね。このシステムではもう立ちゆかないんだ!みたいな。
メンタルの強さ、フィジカルの強さ。
そして、「考える」のを止めちゃいけないよね。
ナクールは今度の4月で45歳です。
みんなのおかげでここまできたよ。
そして、まだまだ行くぜ!